我が家の双子は生まれたあと、2か月間NICUのお世話になりました。
そして3週間GCUでお世話になり、1週間新生児室で過ごして退院しました!
3か月という入院期間、いろいろなことがありました。
NICUでは泣いてばかり、GCUでは笑ってばかりだった私。
本当に総合病院ではお世話になりました。
今思い返しても面会や母乳配達は大変だったし、私のメンタル維持も大変だったなと思いますが、今回は入院中の2人にフォーカスを当てます。
入院している3か月間は毎週主治医面談があり、いい話も悪い話もたくさん聞きました。
3か月間をまとめたので、紹介します!
Contents
双胎間輸血症候群で生まれた双子の出生状態
2人は双胎間輸血症候群がきっかけで生まれました。
2人は生まれる直前まではおなかの中で動いていましたが、生まれたとき姉は呼吸ができず仮死状態でした。
妊娠26週の出産では、一児生存率は90%、二児生存率は70%。
(出産した総合病院の実績より)
妹は何とか息をしている状態でしたが、赤ちゃんの肺が完成するのは妊娠34週頃。
26週ではひとりで呼吸はできないため、すぐに挿管されました。
生まれたときの2人の状態は以下の通りでした。
姉
850g、32cm(双胎間輸血症候群供血児)
呼吸窮迫症候群、貧血
呼吸数毎分50以上
黄疸(中程度)
保育器・人工呼吸器・鼻腔栄養・中心静脈点滴その他
先天性代謝異常(+)
動脈管開存症
生後8週間目に未熟児網膜症の進行が始まり両目手術
妹
900g、34cm(双胎間輸血症候群受血児)
呼吸窮迫症候群、貧血
強度チアノーゼ
黄疸(弱)
保育器・人工呼吸器・鼻腔栄養・中心静脈点滴その他
先天性代謝異常(+)
NICU:誕生~生後1か月
生後24時間の壁を乗り越えて命を繋げたら、次は72時間の壁です。
毎日いろいろな検査を受けて、24時間体制で対応してもらいました。
私は産後9日目で退院したのですが、残念なことに出産の疲れで口唇ヘルペスになり、NICUに入ることができなくなりました。
NICUは新生児集中治療室で、一般の集中治療室とは異なります。
500g前後の赤ちゃんもいるため、ちょっとした細菌の持ち込みもNG!
少し体調が悪いだけでも入室できないのでその日から1週間、私は母乳配達人となりました。
NICUでは、交換ノートを作ると担当のスタッフが毎日様子を記録してくれます。
さっそく作り、母乳と一緒に持参しました。
生後2週間目
生後72時間を過ぎると生命が安定してきますが、生命が安定すること=健康ではありません。
私の場合、2人は今現在生きているけどいつ脳出血や脳梗塞を起こすかわからない状態なので、急変があったらすぐに連絡しますと言われました。
でもこればかりはどうしようもないので、すべて病院に任せました。
生まれた日~2週間までは特に2人とも血圧が不安定でした。
血圧が上がりすぎると脳出血を起こすため、鎮静剤で眠らされます。
この頃は鎮静剤で1日のほとんどを寝て過ごしていました。
点滴やチューブが外れないように、手足布でぐるぐる巻かれています。
まだ透明な皮膚に、酸素濃度を測る装置の赤いランプが透けていました。
手のひらは1センチくらい、私の親指の爪くらいしかないことにとても驚きました。
母乳は2時間に1回、1ccずつ。
ゆっくりチューブを伝って入れます。
調子が悪くなったら点滴に切り替えながら、母乳を消化する練習を始めました。
2人とも自力で呼吸ができないため挿管していましたが、挿管が長くなると炎症が起きたり細菌感染するため、割とすぐに外されます←これびっくりした
まずは数分間から初めて、外している時間を長くして呼吸状態をチェックします。
生後10日目に抜管練習を開始しました。
生後3週間目
2人とも体調が良くなったり悪くなったりをくり返し、姉は心不全、妹は腎不全を起こしかけました。
姉は2回の輸血、妹は1回の輸血と、尿が出なくなって体中がパンパンにむくんだので利尿剤開始。
姉は動脈管開存症のせいか、心臓に負担がかかりうまく血液循環できず、心臓を動かすことに力を使うのでずっと鎮静でした。
しかし妹は生後3週間目で抜管成功し、酸素マスクに切り替わりました。
管が抜けると声を出すことができます。
産声以来、妹の声を聞きました。
とても幸せな気分でした。
NICUはやや暗い照明ですが、早産の赤ちゃんは保育器に専用カバーをかけてさらに暗い中で生活します。
その保育器専用カバーの作成を、できたらでいいのでお願いしますとスタッフにサイズが記載された用紙をもらいました。
ママは抱っこもできないし、ミルクをあげることも、まだおむつを交換することもできません。
せめて私が作ったものをそばに、ということで保育器カバーを作ることにしました。
写真があればいいのですが、NICUを卒業するときに寄付してしまったのでありません。
洗い替えも必要なので、今NICUにいる赤ちゃんたちに使ってもらえていたらいいなと思います☆
生後4週間目
妊娠週数でいうと30週にあたります。
外界に出ると呼吸は排泄は基本的に自分でしないといけないので、身体に負担がかかってきます。
成長スピードもやや遅く、体重は姉990g、妹1000g。
例えば手術をするのに、体重が1000gあるかないかではだいぶ違うそうです。
生まれてからむくみがひどく、薬でむくみが取れたらシワシワに、そしてまたむくんでパンパンになる繰り返しでしたが、このころはまだちょっとむくみがあっての1000gでした。
ミルクは2時間に1回、10ccずつ。
時間をかけてゆっくりなので、飲める量はまだまだ少なく私の母乳もストックに余裕がありました。
届けられない日は、ほかのママの余っている母乳をもらって飲んでいました!
(小さな赤ちゃんにはミルクより母乳がいいので、事前にほかのママの母乳使用についてのアンケートがあったので希望しました)
NICU:生後1か月~2か月
1日1日を一生懸命過ごす中で、アクシデントが起こったこともありました。
未熟児で生まれると未熟児網膜症という目の病気になる確率が高くなります。
26週だとほぼ100%が未熟児網膜症を発症するので毎週検査をして進行が認められ次第、手術を行いますと眼科医から説明がありました。
動脈管開存症もまだ不安定なのに、麻酔して大丈夫なのかなってとても不安になりましたが、適切に対応しなければ網膜剥離の可能性が上がります。
そのときそのときの2人の体調を最優先に、様々な科の先生方がタッグを組んでくれて姉は生後2か月で手術をしました。
生後5週間目
生後1か月を無事に過ぎ、手足もよく動くようになってきました。
まだ笑ったりはしませんが、舌を出したり背伸びをしたり、手を合わせたりできるようになりました。
早産の赤ちゃんは、うつ伏せで寝るほうが安心するので1日のほとんどをうつ伏せになって卵型で寝ています。
もちろんスタッフが一定時間ごとに体勢を変えてくれるのですが、上を向くと呼吸が不安定になるためうつ伏せか横向きがほとんどです。
姉は動脈管開存症の調子が悪く、薬剤投与開始。
妹は大きな声が出るようになり、保育器の外までワーンと聞こえてきます。
生後1か月の記念に計測をしました!
- 姉 1040g、35cm
- 妹 1060g 37cm
生後6週間目
早産ママは赤ちゃんを抱っこすることができないため、身の回りのお世話を積極的にできるように、スタッフがサポートしてくれます。
おむつ交換を2回しましたが、なにせ5Sサイズ(生理用ナプキンくらい)はとても小さく、怖かったです。
とっても軽い身体を持ち上げるときは、息を止めて慎重にしていました。笑
夫はスタッフにまくしたてられ、困惑しながら交換していました。
うんちはひとりで出せないため、綿棒で浣腸をする方法も教えてもらいました。
これは退院後数か月にわたって必要なスキルになったため、小さな赤ちゃんを迎えたパパママは覚えておいたほうがいいです…!
そして姉がついに抜管成功。
初めて声を聞きました←これまた感動
呼吸がしっかりしてきたので呼吸器の条件を少しずつ下げることに。
むくみも取れてきて、2人とも顔が似てきました。
安定しているときに手形取りもしました!
生後7週間目
酸素マスクになったところですが、もうマスクを外す練習を始めます。
これも最初は数分間外して、呼吸が苦しくなってきたらマスクを装着します。
マスクが皮膚を刺激しないように、鼻まわりに保護テープを貼ってマスクを装着します。
顔がめっちゃ細長くなるこれ酸素マスクあるある
ミルクは2時間に1回、14ccずつ。
まだまだ経管栄養ですが、順調に飲める量が増えています!
- 姉 1200g
- 妹 1180g
初めてカンガルーケアをしました!
初めて抱っこしました。
感想ですか?
カエルみたいな感じでした…とにかく湿っぽい←
そして小さすぎて壊れてしまいそうでした。
カンガルーケアは保育器に入っている赤ちゃんとママの特権。
1500gになるまでしかできないので、まだ1200gでしたが体重的な問題はないとのことでチャレンジ。
実は面談で姉の未熟児網膜症が進行しているとの報告を受けて、手術をするともうカンガルーケアはできないだろうとの判断で急遽スタッフがスケジュールを組んでくれました^^
私ひとりで行くときは体調がいいほうをカンガルーケアし、トータル3回しました
生後2か月近くなって少しづつあおむけで過ごせるようになりました。
生後8週間目
姉の手術が決まり、説明を受けてバタバタと準備に入りました。
手術は両目、2日にわたって片目ずつレーザー照射で増殖した網膜を焼いていきます。
手術室まで姉の保育器ごと一緒に行き、手術が終わるまでデイルームで待ちます。
30分の予定が1時間半かかりました。
レーザー照射の数が多かったので時間がかかったようです。
術後は目にクリームをつけて保護するため、目が開かなくなるのですがそれにしてもめっちゃ腫れててびっくりしました。
この手術を終えたとき、妹がNICUにいないことに気づきました。
スタッフに聞いたら、急患の赤ちゃんが来たので妹ちゃんGCUに保育器ごと引っ越しました!と言われました…!
GCUでは保育器が3床、まさかのNICU押し出し。
この日から私はNICUとGCU2か所通いになりました。
NICUを出るってすごく大きな一歩なんです。
NICUに入る人は全員ガウン、マスク、帽子に徹底消毒なので、その空間じゃなくても生きていけると判断されたということで、すごく嬉しかったです。
GCU:生後2か月~退院
GCUは軽度の呼吸障害や小さめで生まれた赤ちゃんが退院に向けて過ごすところです。
また、NICUを卒業した赤ちゃんが過ごす場所でもあります。
NICUはひたすら機械音が鳴り響いて薄暗かったけど、GCUは明るくてアットホーム。
生後9週間目
4月に入って姉も押し出しでGCUにやってきました。
GCU保育器も1週間ほどで卒業し、2人コットに並んでの生活が始まりました。
妹が沐浴の時に一瞬だけツーショット撮れました!
GCUに入ると、毎日沐浴があります。
私の母乳はすでに枯渇カウントダウン中だったため、すぐに直母の練習に入りました。
飲める量が増えて、冷凍母乳では足りなくなりミルクを飲むようになりましたが、1週間のうち5日間は直母のために通いました。
双子の場合、2人連続で直母を行います。
毎日結構な時間授乳していました。笑
生後10週間目
4月11日で姉1600g、妹1700g
体重が2200gになったら退院しましょうとやっと言ってもらえました。
ずっと待っていた言葉です。
だけど2200gしかないのに大丈夫?
先生は、小さく生まれてもずーっとサポートしてきたから生きていく力はもう備わっていますよと言ってくれました。
2人並べると双子を生んだんだ…!って思えてきたよ
生後11週間目
退院を翌週に控えて、沐浴指導を受けました。
夫とひとりずつ沐浴しましたが、2100gって生まれた時より全然大きいけど、ほかの赤ちゃんに比べたらとても小さいのでドキドキ。
私はほかに調乳指導を受け、子供たちは退院前検査が始まります。
先天性代謝異常の一部(先天性副腎過形成症)が毎月陽性でしたが、未熟児は一時的に陽性になるようです。
4回目(4月)の検査でようやく陰性になり、MRIや聴覚スクリーニングを受けました。
姉はここで難聴の可能性ありとのことで、退院後に耳鼻科の通院の予定を組みました。
ほか、2人とも眼科通院、小児科通院、整形外科通院(骨格の発達検査)、リハビリ通院(発達検査)の予定が入りましたが、すべて総合病院内で診てもらえるので便利なような大変なような?
生後12週目
せっかく2人同じくらいの成長具合いなので、同時に退院しましょうかとの提案で、妹が一足先に新生児室に引っ越しました(GCUからめっちゃ遠い)
新生児室は5床。
それはそれでびっくりしましたが、総合病院ではほとんどの赤ちゃんがGCUから退院するため新生児室はあまり必要ないのかも?
母子同室推しだったこともあり、新生児室は狭かったです。
数日後姉も新生児室に引っ越してきて、退院の準備をすすめました。
生後94日目、退院
その日は土曜日で、退院は午前中でした。
退院といってもお世話になった先生たちはNICUの対応に当たっているので、おめでとう~☆みたいなのは全くなし!
「お世話になりました」とナースステーション(産科なのでよく知らない)に声をかけてすすす~っと1階に下りました。
土曜日は救急外来口から出るのですが、救急外来に来ていたおばちゃんたちに囲まれてしょっぱなから双子の洗礼を受けました。苦笑
おまけ
今思うと2人の退院までの3か月は短く、もう記憶が曖昧になってきています。
今、当時の日記や検査データを見ながら文字を起こしているのですが、産後はただでさえ体調がよくない(しかも帝王切開だし)のに加えて退院3日後に仕事復帰、3か月間搾乳に面会、自分よく頑張ったなぁとも思うし、2人ともよく成長してくれたなって思います。
当初の入院予定はいろいろなアクシデントも想定して、生後6か月までの療育医療申請を出してのですが、出産予定日頃に退院できたのは本当に嬉しかったです。
というのも私のメンタル面でも限界がきていたので、3か月以上続いていたらどうなっていたかわかりません。
今回は2人の医療・体調・成長面をメインに紹介しましたが、次回は私のメンタルについて紹介したいと思います。
2人の成長の裏で、私も結構なプレッシャーと戦っていました!
最後におまけで、3か月間の入院費用を紹介!
医療費のお知らせ二度見。
もちろん全額負担したわけじゃありません。
赤ちゃんは公費で医療費が無料になりますが、それに加えて未熟児療育医療給付金の申請も通り、自治体が医療費を負担してくれました。
未熟児療育医療給付金は指定医療機関で生まれた赤ちゃんで、かつ指定の症状(循環器・消化器症状など)がある場合に医師が認めると申請できます。(入院のみ)
大きな病院はベッドシーツ等は院内でクリーニングせず、業者にすべて任せているとのこと。
シーツクリーニング代やおむつ代は自費だったのですがその額2人で月100,000円。
ともあれ、2人が無事に命をつなぎ今こうやって成長してくれていることに感謝です。
最新の医療ってすごいですね。
私たちは無力だけど、助けていただいた命を大切に守っていきます☆